天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


     12 ( 後半 )



群雲のようにも見えるその梢へ
この季節ならではな 深みある緑をようよう増させた
松や槇、糸杉といった常緑の樹木が、
小ぶりな瓦庇のついた立派な大門の傍らから、
その佇まいを覗かせていて。
世話のいるだろうそんな木々の存在が、
相当に凝った庭があるらしいことをも忍ばせる。
左右へ大きく開いた白木の大門を通過し、
そんな木立に挟まれた なだらかなスロープを進めば、
何かしら古風な展示物でも所蔵している施設かと思わせるような、
いかにも重厚な日本家屋が奥向きに悠然とお目見えで。
台風が間近い空は 相変わらずの曇天であり、
車寄せを辿って立派な玄関へとつけられた車から降り立てば、
限りなく薄い紗にくるまれた風船のような感触で
蒸し暑い風が ばふんと顔や首へ触れて来た。
先触れがされてあったのか、
和服の初老くらいだろうご婦人が穏やかそうに出迎えて下さり、
大きな衝立のあった重厚な上がり框経由で、
黒光りがしていそうな、ようよう磨かれたお廊下へ上がる。
しっくい塗りか、窓のない土壁が多くてやや暗い感じもする屋内は、
柱や梁の重厚さが威容となって、
訪問者へこの屋敷の歴史のようなものを知らず感じさせ。
とたとたと小気味のいい音をさせ、
奥へ奥へと歩みを運んだ お初の来客ご一行が
ややもすると声もないままでおれば。
先導して来たご婦人が、一旦 廊下の板張りへ膝をついての正座をし、
お着きでございますと声を掛けた奥の間へと通されたが、

 「…あ・いえ、良いんですよ。皆さんはそのまま入られて。」

それがこういうお家での作法かと思ったものか、
イエスやブッダが続いて廊下へ座りかけるのへ、
彼らと同行して来たお嬢さんが 慌てて言葉添えをする。
いくら日本語が流暢でも、そこは外国の人で、
ここまで本格的な日本家屋には初めて上がるのかも知れぬ。
確かに一応の作法が無いではないが、

 「無理からお招きしたのです、堅苦しいご遠慮などなさらずに。」

さあ どうぞお入りくださいませと言われたそのまま、
ではと 立ったままで入ったお部屋は、
隣の間との仕切りになろう襖も外され、
わずかに残されてある建具も、
籐や葭を使った風通しの良い夏のそれへと入れ替えられているらしい
それはそれは広々とした畳敷きの一室で。
奥向きの濡れ縁越しには明るく広大な庭を望め、
砂ずりの壁には流木細工か味のある違い棚がもうけられ、
床の間には達筆な書の掛け軸が掛けられてあり。
それを背後に負う格好、
重々しい黒塗りの角卓が据えられたその向こうには、
濃色の紬という生地での和装をした、矍鑠とした老爺が座しておいで。

 “…あ、あれが。”

どうぞお入りくださいと、お嬢さんから勧められ、
入った順に、先においでだった人物への会釈をした客人たちの中、
唯一 こちらの筋への関係者である竜二の兄ィが、
緊張を深めて息を飲んだのは、相手への見覚えがあったから。
直接逢って挨拶とまで運んだことはさすがにないが、

 “六葩会系、ここいら統括の、宇都木 烏丸。”

ここいら統括という曖昧な言いようなのは、
勿論のこと ボケたわけじゃあなくて、(こらこら)
一触即発、手を出して来たら黙ってないぞ ごらとまでの臨戦態勢ではない、
あくまでも地元への“専守防衛型”極道であるがゆえ、
どういう縄張り形態かという詳細までは知らない竜二さんだったからだが。
某 京都の地名のようなお名前をちゃんと知っていたのは、
相手が極道の世界ではたいそう有名で、一目置くべき人物だからに他ならぬ。
組の頭領という名跡は、息子だか腹心だったかへ譲って久しいという話だが、
その昔は政治家の懐刀も務めたほどの、裏の世界の首領だったとか、
はたまた、
進駐軍を相手に刃傷沙汰を起こした昭和最後の列伝の人だとか、
その名が躍る武勇伝は数々とあり。
本家筋にあたる六葩会宗家へもいまだに顔が利くとか、
いやいや それは、娘さんが何人かそちらの関係筋へ嫁いでいるからだと、
いきなり身近な話もやっぱり幾つか聞かないではなく。
すっかりと白くなった髪に、ちょっぴり小さく見える肩、
こけた頬などという年齢相応な風貌なのは 寄る年波のせいだろうが、
なんの、切れ上がった双眸へ宿した眼光の鋭さは、
それはしっかと剛の気迫をたたえての頼もしく。
ぺこりと頭を下げたブッダやイエスそれぞれへ
鷹揚そうに頷いて見せた様子は、正に
老いても首領の風格を知ろしめしたという感があったものの、

 「さあ、お話を聞きましょうか、お爺様。」

一番最後に部屋へと入り、廊下への襖をたんと閉じたお嬢さんが、
下座へ着きつつも、しゃんと背条を延ばした姿勢も勇ましく、
真っ直ぐ見やった烏丸老へ、そんな挑発的な言いようを投じ。

 「いやまあ、そう急くこともあるまい。」

まあまあと宥めるような笑みにかぶせ、
ツタさんは遅いの、お茶でもお出ししてからでもよかろなぞと言い、
着物の懐ろから取り出した扇子を開いて自分を扇ぎ始める老だったのが、
見栄えや態度からの第一印象からは随分と違っていて ちと意外。
そんな鷹揚な、いやさ呑気な応対だったのが
ストレートにカチンと来たらしいのが、
案外と短気な性分なんじゃなかろうかな お嬢さんで、

 「貴重なお時間を割いて、
  わざわざいらしていただいたのですよっ?」

身を乗り出し、声を張って言い足したところ、

 「耳が遠い訳じゃあないぞ、そんな怒鳴らずとも聞こえておるわ。」

飄々と言い返すお爺様にますますと煽られなさったか、

 「元はと言えば、
  お爺様が大雑把にあの二人に言い付けたから、
  こんな失礼なご招待になったんでしょうがっ。」

そのまま立ち上がろうと勇んでか、
可憐なツーピース姿のまんま、
そのお膝を立てんとしかかったものだから、

 「ああいや、まあまあ。」
 「落ち着いて、落ち着いて。」

ブッダとイエスが両手を扇ぐように振り回して仲介に入るのが、

 “不思議な順番ですことvv”

先程、玄関からこちらまでを案内して下さったご婦人が、
襖の前で苦笑をしたほどだったので、
この程度の賑々しさ、当家では…実は恒例のことでもあるらしく。
失礼致しますと声を掛けた初老のお女中、
平盆を捧げるようにして運んで来た、二人ほどの女性を従えて戻って来。
主人とお嬢さんはもとより、三人のお客人へのおもてなしとして、
冷たいお茶と瑞々しい寒天よせらしき和菓子とを供す仕儀が挟まったため、
場の空気が一旦静まる。
では ごゆるりとと、品のいい会釈をして女性らが退席なさり、
僅かな間をおいてから、

 軒から下がった風鈴がちりりんと、
 風情のある音を響かせるのを待って

 「まずは、
  とんだご迷惑をお掛けしたこと、どうかお許し下さい。」

んんんっと咳払いを一つしてから、
烏丸老がおもむろにそんな風に切り出して。
自分の右側に並んで座していた異邦人二人へ、
少し下がって座布団から降り、丁寧に頭を下げて見せた丁重な態度へ

 「…っ!」

竜二兄ィが劇的に驚いたのは言うまでもなく。
くどいようだが伝説の人、
孫娘相手には 先程からの丁々発止のような格好で
相好を崩す一面があったとて、
そうそう誰にも彼にも頭を下げる立場の人じゃあない。
彼を慕う多くの舎弟らの面子や沽券、しいては意気地にもかかわるからで。
だからこそ、些細なことは下の者が請け負うのでもあると言っていい…と
そこまでの理屈というか、その筋の道理をざっと脳裏で展開しつつ、

 “……イエスの兄ィたちは、
  一体何をして
  こちらの大御所に頭を下げさせたんだろう。”

日頃は世間一般な人という態度しか見せてはない彼らだが、
てっきり言い掛かりか何かをつけられたか、
最悪、イエスの父上とやらが構える組との確執があってのこと
こっちの鉄砲玉に付け狙われていたのかと、
そういった物騒なことまでも案じていたというのに。
ブッダが拉致されかけて、これはもはや万事休すかと覚悟したのが、
打って変わってのこの展開。
あくまで彼らへの護衛を兼ねてついて来たものの、
形勢も動向もさっぱり判らぬと、
ややもすると眸を回しかかっておれば、

 「あの、此処でお聞きするのは順番がおかしいかも知れませんが。」

頭を下げておいでの烏丸老へ、
それ自体へも戸惑いを隠し切れないという顔になったブッダが声を掛け、

 「私たちへ一体どんな御用がおありだったんでしょうか。」

 「………☆」

そうなんですよ、竜二兄ィ。
実をいや、聖の兄貴二人もまた、
自分たちを探していたらしいのが、
この、威厳あふるるそちらの筋のご老体、
大御所さんとかいうお人だというのを 今の今知ったばかり。
しかも、

 「こちらのお嬢さんが仰有るには、
  首根っこ掴んで連れて来いではなくて、
  御用があるから来ていただいてという格好だったとか。」

と、こちらはイエスが付け足せば、
それもまた初耳と、竜二兄ィが眸を丸くする。
そんな穏便な人探しだったと判っておれば、
自分たちだってこそこそしはしなかった、かも知れぬ。
だが、

 「それについては、私から。」

下座に座していたお嬢さんが、スマホを卓の上へと置く。
ようよう見るとちょっぴり大きめ、
どうやら、スマホというより小型のタブレットであるらしく。
それを操作し、呼び出したのが1枚の写真で、
ややふざけ半分か、澄まし顔をツンとそびやかし気味にした男性が二人、
仲良く並んで写っており。

 「この二人に見覚えはありませんか?」

季節も違うか、ジャンパーやコートを羽織った何とも暑苦しい格好だが、
サングラスや無精髭もないお顔ははっきり鮮明。
表情が朗らかなのですぐにはピンと来なかったが、

 「…あ、さっきの。」

そこはやはり間近にいたということから、
ブッダがまずは気がついて、

 「一人はサングラスをかけていたから微妙ですけれど、
  こちらの半分茶色い髪の人は、あの車を運転していた人でしょう?」

故意にバイカラーを意識して染め分けているのか、
それとも染めない部分が伸びて来たのを ぎりぎりまで放置しているものか。
耳くらいのの高さに金茶と黒のグラデーションが出来ている髪が特徴的で。
ということは、これが今回の実行犯二人らしいのだが、

 「…今日より前にも、
  どこかで見た覚えはありませんか?」

 「え?」

さらさらと音がしそうなつややかな髪と一緒に、
可憐な小首を傾けつつ、そうと重ね訊くお嬢さんなのへ。
最聖二人の側にすりゃ、意外なお言葉だと ぎょっとするばかり。
てっきり…妙に目立つわ、
女子高生たちの話題にもされるわというところから、
目障りな奴めという目串でも立てられてしまったのだろと、
その程度のことだろうと思っていたのだが。
彼女の言いようからすると、直接の面識もある相手だったらしく。

 「そういわれても…。」
 「結構あちこち出掛ける機会も多かったしねぇ。」

何しろバカンスを堪能中のお二人だけに、
地上ライフそのものを楽しんでおいでのその中で、
あちこち方々のにぎわいの中へと結構頻繁に出掛けておいで。
予算の関係もあって そうそう遠出は出来ないながらも、
緑地公園やら植物園やら水族館やら、
近隣のから ちょっと足を伸ばしてというものまで、
好奇心の赴くままに色んなものを観に行っていらっしゃり。
人懐っこい二人なので、出先で声を交わした人も少なくはないし、
そうそう、突拍子もないことが起きたり起こしたりで(笑)
普通一般の観光客以上に、何かと注目も浴びていた方かもしれないので、

 「う〜ん。」
 「見覚えと言われても…。」

全くの全然記憶にないというのは、
それはそれで…印象が薄いとか、
インパクトなかったと言われているようでもあり。
身内の彼らに気の毒かもしれないなぁとかどうとか思えて来たか、

 「先月、お二人で秋葉原に行かれませんでしたか?」

えいっと思い切ったか、お嬢さんが次のカードを切って来た。
具体的な地名で絞られたことから、
膨大すぎて曖昧だった二人の記憶にも、
多少は輪郭がくっきりして来たらしく。
しかも、

 「……あ。」

今度はイエスが、写真の中の一点を指さして、
片やの人物の手にあるアイテムを示して見せる。

 「ほらこれ。このキーケース。」
 「あ…そっか、あのときの。」

やっとのこと、面識がある人だというのを思い起こせた二人。
印象少なからぬ何かが確かにあったようで、
何だ何ですかいと、
一人 話が見えていないらしい竜二なのに気がついて、

 「いやあの、
  私たち、先月 秋葉原まで買い物に出掛けたんですが。」

どうやらそれが切っ掛けというか
発端らしいことというのを思い出しがてら、
イエスが彼へと説明をし始める。

 「ちょっと、あのその。
  にぎやかな場から駆け出した拍子に、
  手荷物を落としてしまいまして。」

もっと詳細を付け足すならば、
近未来の乗り物“セグウェイ”の試乗を楽しもうというイベントがあり、
新しもの好きのイエスが参加したものの、
うっかり合図前にレバーを倒したことから暴走。
ストッパーが掛かってなかったのはこちらの落ち度ですと
主催のかたがたに千度という勢いで謝られ。
記念品をどうぞ、
何でしたら主管を呼びますのであらためてのお詫びをと、
誠意からには違いなかろが、
話がどんどんと大きくなってゆくのが居たたまれず。
その場から逃げ出すように駆け出した彼らだったのだが、

 「つまずいた拍子、
  記念品にといただいた紙袋を取り落としたのを
  拾ってもらったんですよ。」

 「…はい?」

いやいやいや、
そのくらいっていえば、
ちょっと街中で擦れ違った程度の邂逅なんじゃあと。
日頃からも鋭角な面立ちを、ますますと尖らせる極道のお兄さんなのへ、

 「実は、その話には続きがありまして。」

そうと続けたのがブッダの方。
どうかお詫びをお話をと、
もしかして彼らの最聖人オーラも多少は洩れていてのことか、
食い下がられるのを振り払い、
何とか逃げ延び、カフェでの休憩を取ってから。
さあ帰りましょうかとJRの駅へ戻りかけたところ、

 「私たちを探してましたと、
  紙袋を拾ってくれたこの人たちに
  駅の券売機前で もう一度出会っての呼び止められたんですよ。」

 平日だったとはいえ結構な人がいたのに
 その中から見つけ出せたなんて、
 それは頑張ったんだなぁと驚いたよね。

 うん、それほど大切なものだったからだろうね、と。

結構目立つ体裁をしている自分たちだという自覚は、
相変わらず皆無ならしく。
わざわざ捜し回ったのだろう彼らの苦労を、
まずは慮ったお二人で。

 『いやあの、さっき紙袋を拾ったときに、
  もしかして私、
  自分のキーケースをその中へ滑り落としてたかも知れなくて。』

家の鍵も車の鍵も一緒になってるもんだからと、
それは懸命になって探したんですよと、
すいませんが確かめてもらえませんかと言われ、

 「中を探ってみたら、このキーケースが確かに入ってたんで。
  良かった良かったって返したっていう経緯が。」

人の顔でではなく、キーケースで思い出されてるってどうよと、
あとあとから思えば、微妙に脱力ものな順番だったものの。
その経緯こそがコトの発端だったらしいからだろう、
何とか思い出してくれたことをこそ幸いと、
安堵したように胸を撫で下ろしたお嬢さん。
とはいえ、そこはあくまでも切っ掛けのお話で、
本題はといえば、

 「その一件、実は全然奇遇なんかじゃあなくて。
  彼らが企んだ上での とある画策だったんですよ。」

忌々しいという心持ちからか、
ややもすると不愉快そうなお顔をしたものの。
それでも 身内のしでかしたことという責任を感じてだろう、
うんと覚悟を決めたように小さく顎をひいて、恐らくは自分へと頷いてから。
身を起こすと、先程 烏丸老がしたように、
座布団から身をずらして降り、
畳の上へ手をつくと深々と頭を下げてしまわれる。

  というのが、

 「選りにも選って、何も知らないままの素人さんへ、
  非合法なものを運ばせることへ加担させただなんて。
  本当に本当に申し訳ありませんでした。」


  は、はい?







ちりりんと涼やかな音を立て、
濡れ縁の軒に下がっていた風鈴が 短冊を揺らした風の到来を知らせ。
風通しのいい、過ごしやすい部屋なれど、
そういや台風が近いって言ってなかったっけなんてこと、
居合わせた人々へぼんやりと思い出させるほどの、
微妙な“間”が挟まって。

 「えっと?」

すっかりと謝罪の構えで 客人らへ頭を下げたままのお嬢さんであり。
上座の側にいらしたお爺様とやらも、
無言のまま、項垂れたように頭を垂れているばかり。

 「非合法なものを
  運ばせることへ加担させた…というのは?」

何が何やら、一向に話が見えないブッダやイエスの向かい側から、
そちらさんには素早く話が通じたか、
竜二兄ィが“成程ねぇ”と目元を眇めて見せて、

 「盗品か、若しくはヤクの運び屋ってところか。
  そういう仕事の手伝いを、
  知らぬ間にやらされたんですよ、兄貴たちは。」

 「…え?」

盗品というのと対になっている以上、
“ヤク”というのも物騒な用語らしいのは明白で。
火薬や劇薬のように、
扱いが危険で 専門家以外は持ち運べぬという意味ではなく、
法に触れるという意味からの非合法なものを、
知らぬ間に預けられたんですよと、
咬んで含めるように説明されて。

 「あ…。」
 「そんな。」

やっとのこと、
何でまたこういう系統の方々が
自分たちへ近づいて来たのかへの筋道が通ったようであり。
だがだが、

 「ここまで言われなきゃ思い出しもしなかったってぇのに、
  何でまた わざわざ後追いなんざしなすったのかが判らねぇ。」

売人情報への取り締まりが掛かってでもいたからだろうか、
そういやお巡りさんが多かったのをブッダもぼんやりと思い出す。
そんな中での職務質問を警戒してのこと、
どう見ても何の害毒も無さそうな、
まずは職質なぞかかりそうもない彼らの荷物にそんなものを紛れ込ませ、
駅前という離れた地点で回収したという段取りだったらしく。
つまりは探したんじゃあなくて、ずっとずっと監視していただけのこと。

 《 ありゃ。///////》
 《 ちょ、ちょっと恥ずかしかったねぇ。////////》

おいおい、何を呑気な。(苦笑)
それはともかく…何も知らない彼らを勝手に利用しただけでも、
何て危ないことをさせたかという憤怒の対象には十分だというに。
そんな相手を再び捜し回るとは、何ていけ図々しいと、
そこは竜二の兄さんにも納得がいかない運びだったようで。

 「……。」

頭を下げたままでいるお嬢さんを、
そんな態度や風貌だからって許せるこっちゃあないとばかり、
重々しい気迫込め、ギロリと睨んだままでおれば。

 「その子を責めんで下さらんか。」

渋い表情のまま項垂れていた烏丸老が、
ぼそりというお声を発して。

 「その子が躍起になったのも、
  儂がこそこそとあの二人を動かしていたのへ気づいたから。」

扇子を卓の上へと置くと、
今度こそは神妙に眉を下げての、申し訳無いというお顔をする老であり、

 「やんちゃなところが元気があって良いと、
  すぐ傍において用を言い付けていた童っぱらなのだが、
  ウチではずっとご法度にしていた“薬”を手に入れて来いと命じたり、
  その果てに、
  それへ関わったあんたがたを探せなぞと言い含めたものだから、」

隠居の身となったはずなのに、
今更どんな波風立てるおつもりかと。
わざわざ言いはせずとも、
今の組の頭領や、その右腕のこの子の父親あたりが、
さぞかし やきもきしておりましたんでしょうなと。
恥ずかしながらというお顔で一気に事情を話してくださったものの、

 「…まだ嘘をつかれますか?」

ちょっぴりくぐもったような声がそれへと返され。
ブッダやイエスが“おや”と声の主を見やった先では、
ちょっぴり利かん気そうだった表情を、今はむずがりに染めながら、
年若なお嬢さんがそのお顔を上げておいでで、

 「お爺様が用立てて来いなんて言ったんじゃない。
  あの人たちが勝手に気を回したんじゃないですかっ。」

つけつけとした物言いは、
怖いもの知らずだからというよりも、
何へか むずがっていたかららしいと、
今になってやっと この場にいた大人たちへも通じたほどに。
埒が明くまではと自分に言い聞かせ、
今の今まで何とか気丈に構えていたらしきお嬢さんが
その双眸へ今にもこぼれ落ちそうな涙をたたえて言うことにゃ、

 「先の冬から発作が出だしたお爺様の通風は、
  みんなして気遣っておりますこと。
  特にあの人たちもそれは案じていたようだから、
  きっと痛み止めにって、
  ウチではご法度にしている“お薬”を
  どうにかして手に入れようとしたんでしょう?」

 「……。」

通風というのは
手指や足ひざなどの関節に尿酸塩が沈殿して
発作のように不意に激痛が走る症状が頻繁に出る病のことで、
重症慢性化すれば腎不全で亡くなる恐れもある、それはそれは怖い病気。
遺伝性とも言われており、一旦発症すると
節制していても発作はなかなか収まらぬとも聞いております。

 「ところが、取り戻した薬が
  どういう手違いか桃色の散薬に変わっていて。
  もしやして
  勝手に中継ぎをさせたお二人の手元に
  本物がまだあるのやも知れないから、
  気づかれぬうちに取り戻さないと えらいことに…。」

 「…もうええよ。」

孫娘のしゃくり上げつつの述懐へ、
お爺様がほとほと困ったというお顔をする。

 そこまでよう調べたの。
 あの二人、なかなか口は割らんかっただろうに。

 時々こそこそ相談していたのを
 家人を総動員しまでして、
 何とかして聞き集めたまでです。

 「尋ね人お二人の人相や何やも判らなかったから、
  そりゃあもうもう 張り付いたこと張り付いたこと。」

こういうお家ならではの特殊要素が絡んでいなければ、
結構アットホームな話題のようでもあったれど。

 「取り戻すためとかいうのは、聞き間違いだがの。」

あくまでも、何か騒ぎが起こっておらんか見て来ておくれと言うただけ。
だがまあ、頑張って手に入れた薬が様変わりしておったからには、
そこは連中も何か思うところがあったやも知れん。

 「目の前で飲んで見せ、発作も治まったゆうのに なかなか聞かんでな。」

ほっほっほっと微笑った烏丸老だったが、
とんだ騒ぎで自分を案じる家人らを撹乱したこと、
さすがに心苦しく思われたか、
心なしか寂しそうな笑い声にも聞こえたのでございます。









何が何やら判らぬ尋ね人扱いをされ、
地元のその筋の方々までも浮足立たせ。
挙句に すわ拉致か誘拐かと怖い想いまでさせる結果となってしまい、
さぞや心穏やかにおられなかったことでしょうと、
あらためてのお詫びを告げられて。
このような関わり、今日を限りに終しまいとしますので、
もうご迷惑はかけません、どうかご容赦下さいませと。
分厚い桐箱に入った 産地も有名な高級素麺をいただき、

 『勿論、お望みがおありなら何なりと。』

そうと付け足された辺りは、
何か覚えがあるようなと、
最聖のお二人へ微妙な苦笑を誘ったのだけれども。
事情のすべてをお話しして下さっただけで十分ですよと、
勿論のこと、
以降は騒ぎを起こすこともないという約束あってのことなれど、
これ以上は何も要りませんと、
異邦人の二人がのほのほと微笑って見せたため。
お家の方々もほおと胸を撫で下ろされて、

 「お車を回して来ますね。」

この一件では一番やきもきしたのだろ、年若いお嬢さんが
泣き腫らしてしまったお顔への照れ隠しもあるものか、
そそくさと立ち上がって部屋から出たその間合い、

 「…そうそう、そちらのお方。」

烏丸老が、ブッダを見やってこんな一言を呟いた。

  ―― 桃源湯というものを御存知か。

昔話でも繰り出すかのよな、何げない口調だったれど。
それを聞いた釈迦牟尼様が、

 「……。」

ほんの微かながら、その表情を止めてしまわれ、
それから深瑠璃の双眸を老爺へと向ける。
本当にほんの一瞬のことだったので、
よく判りません済みませんという戸惑いに見えなくもなく。
竜二さんが小首を傾げてしまったものの、

 「いや済まんこって。
  年寄りはどうも思いついたことをすぐ口にしてしまう。」

扇子を開いてお顔を扇ぐお爺様であり、
そこへお嬢さんが戻って来たので、
それではこれで、失礼致しますねと、
お別れと相成った彼らであったのだけれども。

 《 ブッダ。》

 《 うん…。
   ごめんね、二人だけでちょっとお話ししちゃってた。》

長い廊下を進みつつ、伝心でイエスが聞いたのは、
傍目にはほんの一瞬、
一呼吸もなかったろう間合いに思えたその刹那、
神通力をちょろっと駆使することで、
時間をわずかほど引き延ばし、
意外なフレーズを知っていた烏丸老に、
コトの本当の真相を聞いていたらしいブッダだったから。

 『要らぬお節介を働いた若いのですが、
  連中が取り出した散薬を見て、
  わっちがどれほど驚いたか判りますか。』

それはもう、すんと大昔の話になるが、
彼の知り合いのご婦人が、ゼンソクの発作で苦しんでいたおりに、
不思議なお人が音もなく現れて、
桃色をした“桃源湯”という粉薬を下さった。
それを一服飲むと、ゼンソクは勿論、
足腰が弱ってらしたのもあっと言う間に治まってしまい、
当時には奇跡だったろ百歳を越すまで、お元気で長生きなさったという。

 『その折はまだ童っぱだったこともあり、
  ただただ驚いてばかりでいて、ロクにお礼も言えなんだ。
  先の冬から痛みだした膝やつま先に、それをふと思い出し、
  ああ、わっちが代わってちゃんとお礼をせなんだから
  おばさんの信心深さへも瑕つけたやも知れんなと、
  ちみっと悔やまれとったところへ。』

目の前へ再び現れたのが、忘れもしない、あの桃色の散薬。
まさかそんなことあり得んと思ったが、
それでも白湯に溶いた桃の香りもまったく同じでは
信じるなというほうが無理な話。
ご法度としていた薬のほうだとすりゃあ、
こんな極道になった天罰だと思やいいと腹を決め、
ぐっと飲み干したら、本当に体中のどこにも痛みはなくなり、
あれから今に至っております以上、我らの関わる薬でもなし。

 『あなたさんの風貌に、
  ああ やっぱりあれは“桃源湯”やったかと。
  思うたと同時、
  前の時にも言えんかったお礼を
  どうしても伝えとぉなりましてな。』

おばさんはともかく、わっちのような罰当たりにまで、
御利益くれはって ありがとうごぜぇますと。

 《 それは丁寧にお礼を言って下さって。》

 《 そうだったんだ♪》

イエスとしては、様子が変だくらいは気がついていたが、
そこは…咒の繰り出しようも覇気の根源も
微妙に異なる身のお互いなので、
全部が筒抜けとはならなんだらしく。

 《 でも…誤解されてる部分もあるんじゃないの? それ。》

だってブッダって、
ここ最近、このバカンス以外では地上へ降臨したことないでしょうに。
それって完全に人違いされてないかと問うたところ、

 《 うん。恐らくは天部の誰かだろうね。》

信心が実って何かが叶うというのは実は稀。
ご本人の頑張りが結実することで、幸いが巡り合わせるだけなのであり。

 《 例祭とか寺社での何かがあって降臨していたのと、
   信心深いお人のよく通る声が届いたのが重なったか。》

それにしたって、随分とあからさまな奇跡を振り撒いたものだと、
ちょっぴり呆れて苦笑するブッダだったのへ、

 《 でもさ。》

やや前後になって歩みを進めていた二人だが、
イエスが歩調を緩めて身を寄せ、こそりと訊いたのが、

 《 今回のお薬が、
   桃色の“桃源湯”とやらに変化してたのはどうしてなの?》

冗談抜きに、こちらのお二人は何も知らない身だったわけで。
そんな彼らへ勝手ながらと預けられてたらしい薬物が、
ほんの短い間に、何でまたそんな有り難い代物へ転変していたのか。
身の回り品がいちいちそんな風に様変わりしていては、
落ち着けない…と言いかかり、

 《 ……あ。》

ここで何か思い当たったらしいイエスが、
心での会話ももどかしいと相手のお顔を見やったところ、

 《 ……。//////》

一足先に気がつくものがあったらしいブッダ様。

 《 紙袋目当てとはいえ、
   じっと観察されてたなんて、
   そこからして恥ずかしいよねぇ。///////》

もしょりと含羞みもって言ってから、
目の縁から頬からと真っ赤っ赤になってしまったのでありました。







       お題 1 『ただいまおかえり』



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  *長々と妙なお話を綴ってしまいましたね、
   めげずにお付き合いくださってありがとうございます。

   秋葉原で冷風扇を買ったお話のおり、
   逃げ出すように駆け出した二人へ
   荷物を拾ってくれた人が云々という微妙な描写をしていたのは、
   こういう伏線のためだったんですが。
   すぐにもこれがらみの話を書くはずが、
   超有名人が覚醒剤関係で逮捕され、
   その後も脱法ハーブ関連の事件が立て続いたので、
   勝手ながら自粛してたんですね。

   ちょっと特殊なネタだったこともあり、
   オリキャラ出しまくりで、
   しかも何だかおっかない一家まで出て来ましたが。
   今回の一件のみの登場ということで、
   以降は恐らく出さないことと思われます。
   それもあってか、判る人には判るかもという、
   よそのお部屋から来ていただいたご一同で。
   なので、お嬢さんのお名前は、
   一子さんにしようか久子さんにしようか ちょっと迷いました。(笑)

  *もうちょっとだけ、おまけに続きます。
   よろしかったらお付き合い下さいませ。

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